小学校の転校手続きは春休みでした! これは寂しいことでした!

引っ越し

私自身が小学校一年生の終わりに、転校する経験をしました。
二年生になる新学期からは県外の別の小学校でした。

春休み中に、転入の手続きをしなければならない母は、
引っ越し準備もあり、行く先が県外だったため、
本当に大変だったでしょう。

子どもたちは母に言われたとおりに、
身の回りの片づけしかできない非戦力でしたから。

私市立小学校への転校でした…

私立小学校に転校することになった場合は、
公立小学校とは違って、その学校での手続きとなります。

学校によっては転校の条件とか編入試験もあるようで、
誰でも転校できるというわけでもないようです。

じゃあ、どんな手続きが必要になるの?

学校ごとに違いますので、必要な書類などは、
学校に問い合わせをして確認しなければなりません。

もちろん転校する学校が決まったら、なのですが。

手続きの方法(私立小学校の場合


まず、転校したい学校に入学できるかどうか、
条件や試験の有無を問い合わせます。

学校の見学ができるのならした方がいいのですが、
引っ越し準備や、
転校先が遠ければその余裕はないかもしれませんね。


面接や試験があれば試験を受けて、合格したら転校はできます。
ただ、面接や試験を受けた記憶が全くありません(苦笑)。
そこは、父が転任する学校の附属小学校だったんです。


その小学校に転校が決まったら、
現在通っている小学校に転校する旨を連絡します。

学校によっては、転校届が必要になるかもしれません。

ただ、春休み中なので、スムーズに行くのかどうか?
いえいえ、春休みであっても、学校の職員は勤務しています。
春休みは先生方の一番忙しい時期らしいですよ。

年度替わりですし、入学式やクラス編成、受け持ち担当なども
春休み中に決めなくてはならない大事な仕事ですから。

公立市立小学校へ
転校することが決まったら…

ブランコ

本当に母は大変だったろうとつくづく思います。
引っ越しの準備と同時に進めていくので、
忘れたり、間違えたりも出てくるでしょうね。

メモを片手に、終わった、進行途中、
といろいろ書き込んでいた姿を見ていました。

私は私立小学校への転校でしたが、
公立市立小学校へ転校する場合もありますよね。

今現在通っている小学校が同じ市区町村なのか、
市外、県外なのかによっても手続きは若干違ってくるようです。

管理団体が違うからということでしょうか?

スポンサーリンク

「同一市区町村内」の「公立小学校」
転校の場合に必要になる書類は、
在学証明書、教科書給付証明書、転入学通知書です。

在学証明書と教科書給付証明書は、
今現在通っている小学校で発行してもらえます。

転入学通知書は、
引っ越し先の役所で発行してもらうこともできます。

手続きの順序
同一市区町村内での転校が決まれば、
次の手順で手続きをしていきます。


今現在通っている小学校に、転校する事と新住所、
転校先を連絡(学校によっては転校届を提出)します。
在学証明書と教科書給付証明書を発行してもらいます。


引っ越しの際の転居届を出す時に、一緒に在学証明書も出します。


役所から転入学通知書を発行してもらいます。


転校先の学校へ上記の必要書類を提出します。

これで手続きは完了します。同一市区町村の場合は、
同じ役所で手続きができますから、簡単に終わりますね。

「他県の市区町村」の「公立市立小学校」へ転校の場合


今現在通っている小学校に、転校する事と新住所、
転校先を連絡(学校によっては転校届を提出)して、
在学証明書と教科書給付証明書を発行してもらいます。


現在の役所に転出届を出します。


引っ越し後の2週間(14日)以内に、役所に転入届を出し、
新しい住民票をもらいます。


その後、住民票と在学証明書を出して、
転入学通知書を発行してもらうことになります。


転校先の学校にこれらの書類を出します。
上記と同じ、在学証明書、教科書給付証明書、転入学通知書です。

ザッと、公立市立と私立の違いやらをお話しました。

春休み中に、学校の友達と会うことなく転校するのって、
やっぱり寂しいことですね。

さいごに

一年生って7歳ですね。
7歳の時の記憶はとても曖昧で、いや、ほとんど覚えていませんが。

小学校時代の記憶は、転校した二年生の春からです。

一年生の入学式とか、どんなふうに通学していたのかとか、
時々フッと懐かしい思いと、
通学路はとても遠かったなどを思い出しています。

入学式の全体写真があります。
担任の先生を中心に生徒がズラッと並んでいて、
自分はどこ? と探したりしています。

あの学校は今でもあるのだろうか?
石川県金沢市から奈良県へ。

父の転任がなければ今もずっとあの街で暮らしていたのかしら?
とか、自分の責任外のことで何だか、
人生が変わったような気さえしてきます。

大人になってから、
ずっと金沢に住んでいたら、
どんな人生を送っていたのだろう?

などと、考えても仕方のないことを考えています。

家のそばは荒涼たるものだった記憶があります。
雪が降ると、そのころ流行っていた竹製の簡易スキーで、
滑って転んだり、楽しかった記憶があるのですが、
一緒に遊んでいたのは、兄や妹たちです。

お友だちは家に来たことはあっただろうか?
出てきました、お友だちと一緒に撮った写真が。
父が撮ってくれたものでした。

父はその写真をお友だちに送ってくれたのかしら?
多分、それはないだろうな~と思っています(笑)。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする