●開催日:4月13日〜16日
●会場:長浜八幡宮、長浜市街地一帯
●所在地:滋賀県長浜市宮前町13-55
4月13日:神輿渡御、鬮取り神事
4月14日:登り山、役者の夕渡り
4月15日:役者朝渡り、太刀渡り、狂言奉納、お旅所への曳山、戻り山
4月16日:後宴
長浜曳山祭りは、長浜八幡宮の春の祭礼です。
その起源は、羽柴秀吉(後の太閤秀吉)が、
今浜(現・長浜)に初めての自分の城を構えた時代にまで遡るのです。
1979(昭和54)年2月3日には、長浜曳山祭りの曳山行事という名称で、
我が国は重要無形民俗文化財に指定しました。
2016年11月30日には、ユネスコの世界無形文化遺産として、
「まつりやまぼこ屋台まつり」など、長浜曳山祭りに加えて、
33件が登録されました。
長浜曳山祭りはユネスコの世界無形文化遺産となったのです。
ひきやまとは、飾り物を据えた山車(だし)のことで、
お祭りの山車やお祭りの屋台とも言われ、日本の祭礼などで、
多くの人が気を揃えて市中をひき回すのです。
これは一カ所に据えておく置き山に対していわれる言葉で、
特に、佐賀県唐津市の唐津神社の秋の祭礼に引き回される
「唐津くんち」は有名ですね。
「山・鉾・屋台行事」とは、
地域の人々が一体となって執り行う地域社会の災厄防除と平和を願って、
各地域の文化の華やかな飾り付けが特徴である、
「山・鉾・屋台行事」の巡行を中心とした、祭礼行事なのです。
公益財団法人長浜曳山文化協会が保存団体として活動しています。
曳山歌舞伎と子供歌舞伎とは?
曳山歌舞伎は、曳山で演じられる歌舞伎のことをいいます。
祭礼などで曳き回される飾り物を仕立てた山車(だし)が、
移動式の歌舞伎舞台となって、この上で芝居が演じられるのです。
子供歌舞伎とは?
長浜八幡宮で開催される長浜曳山祭りにおいて行なわれている、
狂言「子供歌舞伎」で、天正年間に長浜城主であった秀吉から、
初めての男子誕生の祝いにと下賜された砂金を使って、
屋根と車輪のある移動式屋台の曳山を造り、
これを曳き回したのがお祭りの始まりと伝わっています。
子供歌舞伎の台本や外題記録が残っている?
1743(寛保3)年の台本と、1769(明和6)年以降の外題記録が残されています。
曳山をもつ13の山組のなかから、毎年必ず曳行する長刀山のほかに、
年ごとに4基の曳山が出されます。
子供歌舞伎は、5~12歳の地域の男の子たちが曳山の舞台で演じます。
14日には各山組町内での上演後、曳山とともに神社に行き、
狂言終了時の装束で「夕渡り」の参拝をし、
15日には、狂言上演時の装束で「朝渡り」のあとに、
神社および神輿渡御の通路上と※御旅所(おたびしょ)での上演があります。
※御旅所とは、神社の祭礼において神(神体を乗せた神輿)が巡行の途中で、
休憩または宿泊する場所、あるいは神幸の目的地をさします。
巡行の道中に何箇所か設けられることもあります。
御旅所に神輿が着くと御旅所祭りが執り行われるのです。
毎年13人の長浜町とその近くの村から派遣された、
13の贅沢なひきやがあり、お祭りで演奏される祭りの音楽や、
子供の歌舞伎が盛り上がっていきます。
この長浜曳山祭りの一番の見どころが子供歌舞伎なんですね。
子供たちは春休みに入った時から稽古に入ります。
そして、振付の先生や父兄、関係者たちに見守られながら、
大人顔負けの芸を身につけていきます。 本番になると、
初めてのお化粧や衣装を身に纏って、狂言奉納のときには、
立派にその役目を果たしているのです。
子供歌舞伎が行われる曳山は?
青海山、諫皷山、翁山、春日山、孔雀山、猩々丸、高砂山、月宮殿、常磐山、
壽山、鳳凰山、萬歳楼の曳山が子供歌舞伎を行い、
毎年4基ずつ交代で巡行します。鳳凰山の見送りには、今の松坂屋の礎になった
伊藤家によって裁断されたタペストリーが使われています。
残ったタペストリーは、京都の祇園祭の鶏鉾に使っています。
祭り囃子について
シャギリというこのお祭りのお囃子は、
笛や太鼓、締太鼓、摺り鉦を使って、
曳山の2階の楼閣の中と曳山の周囲で演奏されます。
1792(寛政4)年の地誌には、
「しゃぎりをはやす」の話が記載されており、
この頃には既に行われていたのですね。
その構成は太鼓と締太鼓両方と摺り鉦が1人、
横笛が4~5人からそれ以上のところもあります。
お囃子はそれ自体の役目は神霊が取り憑いた依代(よりしろ)を動かすためで、
長浜曳山祭りでも曳山につくシャギリは曳山が動く時に演奏します。
シャギリには曳山が動いている時に演奏する曲のほかに、
曳山の設置、狂言(歌舞伎)の開始前後など、
それぞれの場面に応じて演奏する曲が、現代にまで伝えられてきたのです。
このシャギリには曳山の曳行に関する曲と歌舞伎に関する曲の2種があります。
以前は、山組の農村部に住んでいた人たちもシャギリを演奏して、
曳山祭りに招かれた時には演奏をしていました。
戦後にはその慣習が途切れていました。
1971(昭和46)年に長浜曳山祭り囃子保存会が作られ、
そのメンバーに子どもたちを集めることにしたのです。
主に小中学生の男子、女子の山組の子どもたちが集まり、
シャギリの練習はそれぞれの山組で、
子どもたちが週1回土日の夜に行われました。
週末の夜になると1年中、街のどこかからお囃子が流れていました。
お囃子保存会は、長浜曳山祭りのシャギリの保存と、
各々の山組に伝わってきた独自の曲の保存、後継者育成を目的に活動をはじめ、
シャギリの五線譜化や子どもの囃子方の育成をはかることにしたのです。
それまで口伝だったシャギリを採譜することができて、
伝承者の記憶が頼りだったシャギリを後世に残すことができたのです。
アクセス
●電車:JR琵琶湖線「長浜駅」下車 徒歩15分
●車:北陸自動車道長浜ICより1分
●駐車場:あり(無料)駐車可能台数:15台交通規制
●4月14日~15日頃には、市内中心部、市街地周辺で行われます。
また、渋滞が予想されるため、
公共交通機関でお越し下さることをお勧めします。
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